たたみべや

娘と夫と3人暮らし。

すごい自分ってなんだ??

こんにちは。

皆さんは自分のこと、好きですか?

こないだSNS上で見た、友人の投稿に思うこと。

「自己肯定感って“自分はすごい”って思えることかと思っていたけど
 “すごくない自分でいいんだ”って認めてあげることなんだ、っていうことに気付いてとても楽になった」


楽になったのならいいんだけどね。

 

私はちょっと違うかなーと思う。

 

“すごくない自分でいいんだ”

って、

“本当は、すごい自分の方が望ましいけどね”っていう声が抑圧されてないかな。

 

大体、すごい自分って何?

理想通りに完璧にこなせてる自分ってこと?


彼女にとっての“すごい自分”は、家事も育児も仕事も完璧にこなせる人を指してるらしい。
私から見れば、彼女は既に家事も育児も仕事も完璧(かどうかは知らないけど)にこなせてる。
だって、私より料理もうまく、子どもへの教育にも熱心で、夜勤や宿直や休日呼び出しの職場でも頑張ってる。
十分すごい人なんです。
でも、それ以上の“すごい自分”を目指しているらしい。

 

いやいやいや、

 

それって誰得????

って話ですよ。

 

そりゃ勿論、上には上がいるでしょう。
上を目指すモチベーションは人生に必要だよ。
色々できる自分、みんなから頼られる自分になれたらもっと楽しい!と思えるなら
どんどん頑張ればいいと思う。

でも、彼女の中ではちょっと違う。

 

“すごくない自分でいいんだ”

 

っていうのは、

 

“本当はもっともっとすごくなりたいのに”

 

っていう心の声の裏返しなんじゃないかな。

 

もっとすごくなりたいーって正直に言ってしまえばそれはプラスのエネルギーに変えられるけど
無理しちゃいけない、高望みしない、今のままで十分幸せじゃない、って
必死に自分に言い聞かせている抑えつけているようで、読んでるこっちが苦しくなってしまった。


私が考える自己肯定感って、

“どんな自分でもすごい”って思えること。

 

すごい、っていう表現は語弊があるかもしれないけど、どんな状態の自分も好き、愛おしいという感覚。

 

まさに、生きてるだけでまるもうけ! ですな。

 

それで、もっとこうなりたい、っていう理想があるなら、どんどん頑張ればいい。

 

もっとこうならなきゃいけない、っていう常識や思い込みや他人の目に苦しんでいるなら
自分はどうありたいの?ってもっと問いかけなきゃいけない。


自慢にもならないですが、私は料理好きじゃないですけど、
昨日は娘用にブロッコリーを茹でました。

なんの味もついてないブロッコリー

「この コッコリー(と娘は呼ぶ)おいしいね」と何度もお代わり。

 

茹でただけのブロッコリーでごめんね、と思うか、
こんなに美味しいブロッコリーを一緒に食べれて楽しいね、と思うかは自分次第。

 

いやいや、もうちょっと料理頑張ろうという気はありますけどね!

それは素敵ママを目指すためじゃなくて、娘の笑顔が見たいから。

うわーなんかいい話。笑