たたみべや

娘と夫と3人暮らし。

夫婦で共同作業!夫のクローゼットを整理したよ

こんにちは tatamittaです。


日曜日は一念発起!で夫のクローゼットを整理しました。

これまでチョコチョコ片付けてはいたんだけど(洗濯物しまうときに)、夫もきちんと参加で一新させました!


f:id:tatamitta:20170612174720j:plain


写真だと実物の爽快感が半減しちゃうんだけど!

いやもうすっきりしました〜


見えないところがぐっちゃぐちゃだったからね。


モノとの向き合い方って、夫婦でも話し合わなきゃわからないなーと改めて実感。

片付けようとか捨てようとか言うと逆ギレされるかな??とビビってたのに、なんか私より手放し方が潔くて逆にビックリ。

え、それ捨てて後悔しない!?って何度も聞きました。笑


夫婦の共同作業、結構オススメです。

ユリの香りに包まれてます

こんばんは。

お腹すいて眠れず、ブログ書き始めました。

 

昨日は友達の結婚式でした。

主に新郎さんプロデュースのド派手な宴で(笑)新婦は幸せ半分、緊張半分みたいな表情が可愛かった❤️

 

飾ってあったお花をお裾分けして貰いましたf:id:tatamitta:20170605001327j:plain

 

大きなユリの花と、グリーンのバラカーネーション

白とグリーンの配色は気持ちを落ち着かせてくれる代表格ですが、ユリの大きさが高貴さと華やかさを醸し出してますね。

 

そして、このユリの香りがとても素敵!

たったこれだけ部屋に飾ってるだけで、近くを通るたびに、ふんわり甘い香りが空気にのって漂います。

 

しばらく優雅な気分を味わえそう❤️

気の持ちようというワナ。

こんにちは。

 

一つ前の記事で、

茹でただけのブロッコリーでごめんね、と思うか、
こんなに美味しいブロッコリーを一緒に食べれて楽しいね、と思うかは自分次第。

 

と書きました。

 

tatamitta.hatenablog.com

 

例が微妙すぎで申し訳ないのですが、

嫌なこと、モヤモヤすることを無理やりねじ伏せて幸せを感じましょうとか、周りに感謝しましょうとか、そういうこと言いたいわけではないのです。

 

あえて、この茹でブロッコリーの例で進めるなら、

「こんな手抜き料理になっちゃって、もういや〜〜〜〜」って思うなら

それはそれでいいんです。

 

本当は料理大好きなのに、忙しいとか疲れてるとか、いろんな理由で手抜きしてしまって

そんな余裕の持てない自分が嫌、余裕の持てない毎日が嫌、

そういうマイナスな気持ちを押し殺す必要はないんですね。

 

あとは「世界には十分に食べ物がない子供も沢山いるのに、こうやって食べられるだけで幸せだと感謝しなくちゃ」とか。

 

感謝したければ感謝するといいです。

でも、感謝しなきゃいけないから、贅沢言うのは分不相応だから、これで我慢しなきゃ、ていうのは違うと思う。

 

そうやって自分は「本当はもっと美味しいもの食べたかったな」っていう気持ちを、わがままだからって否定することになっちゃう。

 

これって結局、誰かと比較して優越感を感じてるだけ。

自分より美味しそうなもの食べてる人を見たら、劣等感がぶり返してきて辛くなります。

 

嫌なものは嫌。イライラするものはイライラする。

 

私自身、マイナスな気持ちが出たときも無理やり笑顔を作れば心も明るくなる、と信じてました。

実際、マイナスな気持ちは感じない、忘れる、楽しいことだけ考えてみると、その場はなんとか良い気分に持っていけることが多いです。

 

でも、あとで来るんだな。

気持ちのリバウンド。

余計ずーんと暗い気持ちになるんですね。

しかも、そのときには既に明確な理由(嫌な気持ちになった最初の出来事)が消えているから、わけもわからず気持ちだけ落ち込んじゃう。

 

そんなの嫌ーーー!!

 

マイナスな気持ちを抱いたとき、無理やり笑顔を作るんじゃなくて、ああ、私今嫌な気持ちなんだな、と、あるがままに受け止めることが大切かと思うのです。

マイナスな気持ちを抱くことに良し悪しはありません。

 

 

同じ事実を楽しめるか楽しめないかは気の持ちよう、ではあるのですが、

楽しめない、好きじゃない、ムカつく、イライラする、叫びたい、

そんな気持ちを抱いたって、しっかりそれと向き合う。

 

向き合ってから、フラットに戻ればいいわけで。

 

そのあとどうやってプラスの気分に昇華させていくか。

その方法は人それぞれですが

まずはありのままに受け止める。

 

自分を大事にするってそういうことかな、と思います。

すごい自分ってなんだ??

こんにちは。

皆さんは自分のこと、好きですか?

こないだSNS上で見た、友人の投稿に思うこと。

「自己肯定感って“自分はすごい”って思えることかと思っていたけど
 “すごくない自分でいいんだ”って認めてあげることなんだ、っていうことに気付いてとても楽になった」


楽になったのならいいんだけどね。

 

私はちょっと違うかなーと思う。

 

“すごくない自分でいいんだ”

って、

“本当は、すごい自分の方が望ましいけどね”っていう声が抑圧されてないかな。

 

大体、すごい自分って何?

理想通りに完璧にこなせてる自分ってこと?


彼女にとっての“すごい自分”は、家事も育児も仕事も完璧にこなせる人を指してるらしい。
私から見れば、彼女は既に家事も育児も仕事も完璧(かどうかは知らないけど)にこなせてる。
だって、私より料理もうまく、子どもへの教育にも熱心で、夜勤や宿直や休日呼び出しの職場でも頑張ってる。
十分すごい人なんです。
でも、それ以上の“すごい自分”を目指しているらしい。

 

いやいやいや、

 

それって誰得????

って話ですよ。

 

そりゃ勿論、上には上がいるでしょう。
上を目指すモチベーションは人生に必要だよ。
色々できる自分、みんなから頼られる自分になれたらもっと楽しい!と思えるなら
どんどん頑張ればいいと思う。

でも、彼女の中ではちょっと違う。

 

“すごくない自分でいいんだ”

 

っていうのは、

 

“本当はもっともっとすごくなりたいのに”

 

っていう心の声の裏返しなんじゃないかな。

 

もっとすごくなりたいーって正直に言ってしまえばそれはプラスのエネルギーに変えられるけど
無理しちゃいけない、高望みしない、今のままで十分幸せじゃない、って
必死に自分に言い聞かせている抑えつけているようで、読んでるこっちが苦しくなってしまった。


私が考える自己肯定感って、

“どんな自分でもすごい”って思えること。

 

すごい、っていう表現は語弊があるかもしれないけど、どんな状態の自分も好き、愛おしいという感覚。

 

まさに、生きてるだけでまるもうけ! ですな。

 

それで、もっとこうなりたい、っていう理想があるなら、どんどん頑張ればいい。

 

もっとこうならなきゃいけない、っていう常識や思い込みや他人の目に苦しんでいるなら
自分はどうありたいの?ってもっと問いかけなきゃいけない。


自慢にもならないですが、私は料理好きじゃないですけど、
昨日は娘用にブロッコリーを茹でました。

なんの味もついてないブロッコリー

「この コッコリー(と娘は呼ぶ)おいしいね」と何度もお代わり。

 

茹でただけのブロッコリーでごめんね、と思うか、
こんなに美味しいブロッコリーを一緒に食べれて楽しいね、と思うかは自分次第。

 

いやいや、もうちょっと料理頑張ろうという気はありますけどね!

それは素敵ママを目指すためじゃなくて、娘の笑顔が見たいから。

うわーなんかいい話。笑

 

氷艶 hyoen2017 「破沙羅」観劇。とてつもない冒険を形にする力。

みなさん こんにちは。

 

氷艶 hyoen2017 「破沙羅」を観てきました。

スケートリンクの上で歌舞伎をやるという、何じゃそりゃ!!な試み。

染五郎ファンとしては、彼の新たなる野望(?)がどう結実するかワクワク。

 

f:id:tatamitta:20170523160400j:plain

 

ざっくり言うと、歌舞伎の世界の正義の味方代表・源義経高橋大輔さん)と、悪役代表・仁木弾正(染さん)が闘うというお話。

 

普通歌舞伎って、背景の書き割りの前で一枚の絵になるような、二次元に近い構図の舞台だと思うんですが

三方向に観客席があって、舞台に奥行きがあるっていうのが新鮮でした。

特に、悪役そろい踏みで斜めに舞台に並ぶシーンとか、迫力と美しさ、動と静がいっぺんに見れてステキでした。

 

あとは敵味方入り乱れてのチャンバラシーンのスピード感が半端なかった!

お約束感満載の歌舞伎版に比べて、四方八方から切りつけてくるって!

染五郎目線なので、切りつけてくるのは善人チームです)

しかも途中でくるくる回ってくれたり。

迫力というか、演者さんたちの気迫というか、ビンビン伝わってきた。

 

ていうかスケート陣のキャスティングの豪華さもすごいし。

フィギュアファンのお客さんたちの歓声のいれ方(ヒューっみたいな)が新鮮だったり

高麗屋!」って叫んでくれた大向こうさん(?)になんかほっこりしたり。

 

最後の挨拶で「たのしいっ!」と感想を叫んだ染さん。

この舞台を創り上げる(彼は主演兼演出)、そのアイデアと実現力に素直に感動です。

ファンでよかったと、すごく思った。

ありがとうございました。

仕事の緩急

こんにちは。

今日の東京は夏目前の暑さです。

 

育児休暇から職場復帰して8カ月。

 

うちの夫はかなり協力的で、職場も理解が合って、

巷で言われるほど壮絶なワ―ママライフとはなっていません。

思ってたより伸び伸び暮らしています。

 

そんななかで突然ですが、

私、娘が小学校にあがるタイミングで独立したいと思っています!

 

あ、言っちゃった。

 

リアル知り合いにはまだ誰にも言ってないのよ。

 

小学生になったら、放課後○○ちゃんが遊びに来る!とか

夏休みに一緒に長期旅行しちゃう!とか

今の仕事をしているとなかなか出来そうにない。

 

子どもがかわいそう、っていう話じゃないです。

私、大学時代に学童保育でバイトしてたけど

そこに来ている子どもたちもお家の人も、

誰もかわいそうなんて思ったことなかったよ。

当時よりずっと託児サービスは種類も増え、使い勝手もよくなってるから

選択次第では(子ども自身は)刺激的な毎日が送れると思う。

 

でも、私がやりたいんです。

 

娘の友達呼んで遊ばせるとか、長期旅行とか。

 

そのために、自分でペースに緩急つけられる仕事がしたい。

元々、相手の意図をくみ取るのが得意だから

言われたことをやるのも得意だけど、

仕様が全部決められてるのって、好きじゃないんですね。

私のやり方でやらせろ、みたいな。

 

自由になりたい。ほんとに。

 

え、じゃあ今すぐやればいいじゃんてことになりますよね。

そうですよね。

なんで今すぐじゃないかと言えば!

 

フリーランスになっちゃうと、娘の預け先にまた困るから!です!

 

娘大好きですけど、イヤイヤ真っ盛りの2歳児を

昼間8時間教、プロの保育士が付きっきりで遊んでくれるなんて

ほんと神です。先生たち、ありがとうございます。

 

そして、1日8時間、週5日きっちり働いていることを

職場が証明してくれてるのです。感謝感謝。

 

というわけで、今の仕事もがんばりつつ、

のんびり進もうと思うのでした。

おしまい。

 

自分らしさにさえ無関心。

こんにちは。ご無沙汰しました。

 

このブログには、誰かの役に立つこととか、建設的なこととか、前向きなこととか、そういうことを書いていきたいなと思っていたのですが、でもそんな偽善やハウツーに誰か興味ある!?なんてモヤモヤしたりもして、しばらく遠のいていました。

何をそんなに構えていたんだろう、わたし。

これからはどうでもいいこと、書きたいように書いていくと思う。

 

さてさて、今日ラジオを聞いていて、Official髭男dism というバンドを初めて知りました。

有名なのかな?

音楽詳しくないからわからない。

 

それはともかく、番組の最後で流れた「異端なスター」ていう曲が、なんていうか、すごく今の自分にぴったりな感じ。

最近ずっと考えていたこと。

家帰って歌詞検索したら、なんだか聴いた印象以上にピュアで恥ずかしくなってしまった(いい意味で笑)。

曲が湿っぽくないし明るすぎもしないから、すごくしっくりくる。腹に届く感じ。

 

 ”非難の声恐れて

  無難な生き方貫いて

   自分らしさにさえ無関心になって”

 

無難な生き方って、失敗しないためにやりたいことを諦める、目立たないために頑張ることを避けて通る、っていう場合もあると思うし、

あるべき母親・あるべき妻・あるべき社会人・あるべき女性・・・っていう空想上の産物でしかない理想を追い続けてる、追わなきゃいけないと思い込んでいるっていう場合があると思う。

 

どっちにしても、自分の本音と向き合ってないし、自分のことを大事にできていない。そんな生き方じゃ、いつまで経っても満足できないなって。

 

自分らしさは自分が決めればいいの。

自分に対して言い訳も遠慮もしなくていいの。

 

 ”そんな自分が好きなら胸張っていいから どうか 歌って”

 

歌いたい!!!